交通事故の治療では、健康保険は使用できないと思われがちです。たしかに医療機関によっては、健康保険は使用できないとしていることもあります。しかし、実際は加害者が存在する交通事故であっても健康保険は利用できます。
そこで本記事では、交通事故によるケガの治療で健康保険を使って通院するメリットと使い方について解説します。
事故での健康保険の使用と加害者の治療費負担
まずは、交通事故の治療で健康保険を使った場合の、加害者への請求の仕組みについて解説します。
健康保険を使用しても加害者が治療費を全額負担
事故の被害者の方に「健康保険を使ったほうがよいですよ」とお話をすると、「それでは加害者は治療費を負担しなくてもよいのですか?」と質問されることがあります。
健康保険を使用すると、被保険者(健康保険の加入者)の窓口での負担は1割〜3割(年齢や母子家庭等の状況によって異なります)で済み、残りは健康保険組合が医療機関に支払います。
このことから、健康保険を使うことで加害者の負担が減ってしまうと考えてしまうのです。
しかし、実際に健康保険を使用した場合は、加害者、もしくは加害者の任意保険会社が一旦3割分を負担し、残りの7割についても健康保険組合が加害者側に請求をします。
したがって、健康保険を使ったからといって、加害者が治療費を支払う義務が消失するわけではありません。
また、健康保険を使用する場合は、被保険者が窓口で一部負担分を支払わなければなりませんが、実務上は加害者側の任意保険会社が、被害者が窓口負担をせずに済むように手配することもあります。
第三者に原因があるケガだと申告すれば健康保険は使える
第三者によって負わされたケガで健康保険を使う際は、健康保険組合に、その旨を所定の手続きで通知する必要があります(必要な手続きについては後ほど解説します)。
本来、第三者の行為によってケガを負わされたケースは公的医療保険の給付対象外に該当するため、時折、人身事故によるケガでは健康保険を使えないという意見を聞くこともあります。
しかし、先ほどご説明したとおり、健康保険が事故被害者の医療費を負担するのではなく、後ほど加害者側に請求するために一時的に立て替えているだけであるため、健康保険を使って事故のケガを治療することができます。
交通事故の治療で健康保険を使うメリット
交通事故で健康保険を使用するメリットは、「事故被害者の過失が大きい事故」や、「加害者が任意保険に加入していない場合」※、「加害者が不明の場合」に、手元に残る慰謝料や休業損害などが増える可能性がある点です。
いずれのケースでも、健康保険を使用することで治療費を圧縮できるため、被害者には経済的メリットが生じます。
- 加害者が不明の場合で、政府保障事業の対象になる場合は健康保険の使用は必須です。
健康保険を使用することで経済的メリットが生じる理由
健康保険を使用すると、健康保険を使用しない自由診療と比較すると治療費が低額になります。
健康保険では全国一律の診療報酬点数に従って治療費が算定されますが、自由診療は医療機関ごとに自由に治療費を決定できるため、自由診療のほうが治療費は高額になるからです。
健康保険を使用して、医療機関に支払う治療費が低額になるということは、賠償金の総額に占める治療費の割合が減るということになります。
これが、加害者が任意保険に未加入の場合に影響します。
加害者が任意保険を契約していなければ、自賠責保険からの賠償金しか受け取ることができません。
自賠責保険の限度額があり(傷害だと120万円)、限度額の中から治療費や慰謝料が支払われますので、治療費の総額が多いと限度額を超えてしまい、慰謝料や休業損害の金額が少なくなる可能性があります。
いっぽうで治療費が少なければ、慰謝料や休業損害を含めても限度額を超えず、結果として被害者の手元に残るお金が増える可能性が高まります。
加害者が任意保険に加入しておらず、ご自身も人身傷害保険の補償を受けられない場合は、できる限り健康保険を使用して治療を受けましょう。
交通事故のケガで健康保険を使う方法と注意点
つぎに、交通事故によるケガで健康保険を使う方法と、その注意点を解説します。
健康保険を使う場合の手続き
健康保険を使って治療を受けたい場合の手順は以下の通りです。
- 医療機関に相談をする
- 保険会社(加害者の任意保険会社)に伝える
- 健康保険組合に「第三者行為による傷病届」を提出する
ここでは、健康保険組合に提出する第三者行為による傷病届の記載について解説します。
第三者行為による傷病届は、加入している健康保険組合のWebサイトにアップロードされていることが多いのでご確認ください。
もしくは、会社の担当者に確認をしておきましょう。
国民健康保険の場合は、各市区町村の公式ページに掲載されています。
提出する際には、以下の書類が必要になります。
これらの書類は一体になっていることもあれば、別々になっていることもありますので、ご自身の加入している健康保険組合などにご確認ください。
- 第三者行為による傷病届
- 交通事故証明書
- 人身事故証明書入手不能理由書(警察への事故の届出内容が物損事故になっており、人損の交通事故証明書が入手できない場合)
- 事故発生状況報告書
- 加害者の誓約書(念書)
- 被害者の同意書
- 損害賠償金納付確約書
- 示談書(すでに示談が成立している場合)
- 負傷原因届
必要な情報量は多いのですが、手元に交通事故証明書や事故状況のメモ、これまで通院した医療機関の情報等があれば記載できます。
記載方法がわからなければ、加害者側の任意保険会社や健康保険組合の担当者に確認をしておきましょう。
健康保険を使用する場合の注意点
交通事故のケガで健康保険を使う場合の注意点は以下の通りです。
後遺障害の診断書の作成を拒否される可能性がある
健康保険による治療では、診断書の様式が異なることから、後遺障害の診断書作成を拒否する医師もいると言われています。
実務上、健康保険を使用したからといって後遺障害の診断書の作成を拒否する事例はほとんど聞いたことがありませんが、拒否される可能性があることは念頭にいれておきましょう。
自由診療による十分な治療が受けられない可能性がある
自由診療は、健康保険で採用されていない治療、投薬を受けることができます。
ケガの程度が重く緊急搬送されてきて命に関わるような状態の場合、健康保険の規定にとらわれず治療をすることが、予後に大きく影響する可能性もあります。
したがって、重症で救急搬送された場合は初診から健康保険を使用することは避けたほうがいいケースもあります(治療途中から健康保険を使用することもできます)。
ただし、むちうちや打撲といった症状で通院する場合は、当てはまらないと言っていいでしょう。
交通事故で健康保険を使用するかどうか、判断に迷ったらご相談を!
交通事故での健康保険使用はメリットが多いですが、中には使用しないほうが良いケースもあります。
判断に迷っている方は弁護士へのご相談をおすすめします。